クリーネストライン


モンブラン・デュ・タキュール東面。 写真:谷口 けい
モンブラン・デュ・タキュール東面。 写真:谷口 けい

いまこの瞬間を最大限に抱くこと – シャモニで出会った登攀と人と偉大なる自然の芸術

By 谷口 けい(パタゴニア・クライミング・アンバサダー)   |   2014/04/14 2014年4月14日
モンブラン・デュ・タキュール東面。 写真:谷口 けい
モンブラン・デュ・タキュール東面。 写真:谷口 けい

疾風のごとく過ぎ去ったシャモニでの日々。持ち時間は5日、そのうち2日間はパタゴニア・プレス・イベント。残された3日間でどこまでこのすばらしい花崗岩と雪と氷のフィールドを遊びつくせるか。スロベニアのパタゴニア・アルパインクライミング・アンバサダー、マルコ・プレゼリと語ったことは、「限られた時間」と「明確な目的」が充実した結果をもたらすということ。さらにマルコは「選択肢がいくつもあったら、あれもこれもと色目が出て、結局どれもモノにならない」と話していた。まさにその通り、我々は3日間のフリーと2日間のイベントを遊びつくした。

日本を発ってシャモニに着いたのは夜中。友人宅でウェルカム・ディナーを受けてベッドに倒れ込む。時差ボケなどと言っている場合ではなく、朝焼けのモンブランを拝む時間に飛び起き、街で買い出しのあとエギーユ・ド・ミディへ。フランスでの山の楽しみ方は、山小屋での時間(2時間かける食事を通して会話を楽しみ情報交換すること)にあるというフランスの友人の言にしたがい、ペラペラの財布をはたいて優雅に山小屋〈Refuge des Cosmiques〉にチェックイン。ドイツから来ていたスキー縦走のおじさん2人組に彼らの冒険行を聞いたり、オーストリアの若者クライマー2人組とは明日はどこへ登攀しに行くか話したり、スイスとスウェーデンの2人組スキー縦走家には想像したこともないようなスキーツアーの話を聞いたりする。それからイケイケな感じの若いガイド君にモンブラン・デュ・タキュール東壁のルートのコンディションや雪の状態を聞くと、壁の状態は良いけど、頂上稜線は雪崩れる可能性が高いから行くなと言われた。もっと年配の素敵な感じのガイド氏に意見を賜ると、やっぱり雪崩の危険があるからタキュールの稜線はヤバいということだった。

快適なアイスクライミングセクション。写真:谷口 けい
快適なアイスクライミングセクション。写真:谷口 けい

ここは富士山の頂上よりも高い標高、順応と壁の概念を掴むことを兼ねて、初日はタキュール東壁のむずかしくないルートを登ることに。体育会系のパートナー、大石君が気合入りすぎて高山病になってしまっては元も子も無いので、制御気味に。目指すはModicaルート。下部雪壁ガリーを同時登攀で登っていくも、すでに何パーティかが先行している。こんなに人気ルートだったとは…。それではと上部の派生ルート、Gabarrou-Albiniルートを登る。氷雪壁から氷のガリーへと入っていく。傾斜の強い箇所は氷がしっかりとしていて安定したプロテクションが取れる。一方、傾斜がゆるんで幅が広い箇所ではベルグラ(薄氷)だ。スクリューが岩に当たる、こんなところは側壁にプロテクションを探る。後続してきたイタリア人2人組とラインを譲りあいながら、氷が終わるところまで一緒に登攀する。普段、人にも残置物にも出会うことのないところでばかり登っている私としては、プロテクションやビレイ支点は自分で構築するのが当たり前なのだけど、こちらのクライマーたちは色褪せたスリングが何層にもぶら下がっている残置支点に、疑いなくぶら下がっておしゃべりしている。

6回の懸垂下降とクライムダウンでベルクシュルントを越えて、氷河に降り立つ。スキーで山小屋まで戻る途上、夕日がモンブランの背後に沈み、冬アルプスの広い空が真紅から赤紫、そして青紫へと刻一刻その色を転じていく。そんな自然の芸術を、寒さも構わず堪能していると思しきグループがあちらこちらにいるではないか。雪と氷河に囲まれた富士山より高い山の上(つまり凄く寒い)で、日没後のピクニックを楽しむ人びとの姿――なかなか日本では見ない光景だ。しかもなぜこんな時間にこんなところにいるのかと思ったら、日没後しばらくして東の空から満月が上がってくるのを待ち、月明かりのなかをスキーでシャモニまで滑り降りるのだと言う。標高3,800メートルのミディから、1,000メートルのシャモニの町へ雲ひとつない月夜のダウンヒル・ツアー。1年のうちこんなチャンスは1度しかないのかもしれない。

夕焼けと満月と朝焼けを満喫するべく、そして財布の中身も乏しくなってきたので、翌日はビバーク装備で登攀することに。目指すは名高きスーパークーロワール。山小屋での情報交換では皆、「オリジナルラインじゃなくて右からのバリエーションルートのほうが簡単だ」「オリジナル・ダイレクト・ラインは氷がないからむずかしい」と言っていたけれど、やっぱりオリジナル・ダイレクト・ラインから行かなきゃスーパークーロワールのラインの美しさはあり得ない。

スーパークーロワール。写真:谷口 けい
スーパークーロワール。写真:谷口 けい

無風快晴という素晴らしい夜明けとともにスキーでアプローチする。近づくと、すでに取り付いている人たちが見える。バリエーション・ラインにも、ダイレクト・ラインにも。ダイレクト1ピッチ目を登っていたノルウェー人2人組によると、さらに上部にも登っている人たちがいると言う。こんなラッシュに遭遇するとは。落氷覚悟で後続するしかない。天気も良いし、ビバーク装備もあるのだから、のんびり登りはじめることにする。他のパーティを気にして登るのは嫌なので、ノルウェー人2人組が最初のピッチを登りきるまで、背後に広がるモンブラン山塊の美しい針峰群が朝日に輝くのを眺めてすごす。ハッキリ言って、ここにいるだけで相当しあわせだ。先行パーティが最初のピッチに時間がかかっているのも気にならないほど美しく、平和な時間だった。しかし日差しが強まるとともにベルグラ(薄氷)が融けはじめ、岩肌を水が流れだした。これはまずい、ただでさえデリケートな薄氷がこれ以上使い物にならなくなってしまう前に攀じなければ。

アプローチしているときから「かっこいい~!」「楽しそう~!」を連発していた私に、最高の1ピッチ目をパートナーの大石君が譲ってくれた。チムニー状からフェースのトラバース、チョックストーンのハング越え、ベルグラ、プロテクションがしっかり効くクラック、融けた氷…。つづく傾斜のある氷のラインを大石君が登る。その上に覆いかぶさる悪名高きマッシュルーム(日本だとキノコ雪だけど、キノコ状氷とでも言おうか)越えは、タッチ交代で私がやらせてもらった。なんて楽しいんだ、アルパインクライミングは!それにしても想像してはいたが、ものすごい落氷とチリ雪崩の攻撃を受けまくる。とくにマッシュルーム越えの部分は、スパーク―ロワールのルート上の喉部分で、上から降ってくるすべてのものがここを通るのだから避けようもない。その喉元を越えると、広くなったクーロワール内に氷のラインが紺碧の空へと伸びている。快適なアイスクライミングを同時登攀も交えながらの行程で、氷がなくなるところまで6ピッチほど登る。今日最後の目的は、快適な展望ビバークサイトを求めること。夕焼けに染まる針峰群を眼下に望みながら、寒くて狭い、でもなんだか山小屋よりもしっくりとくるビバークの一夜をすごす。翌朝、地球の色が再び生まれるドラマを感動とともに満喫したのは言うまでもない。

スーパークーロワール1ピッチ目 。写真:谷口 けい
スーパークーロワール1ピッチ目 。写真:谷口 けい
マッシュルームと格闘中。写真:谷口 けい
マッシュルームと格闘中。写真:谷口 けい
ビバーク明けの朝。写真:谷口 けい
ビバーク明けの朝。写真:谷口 けい

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