クリーネストライン


スペリオル湖アイル・ロイヤル島モスキーベイシンを嵐が包む。Photo: Monica Prelle

When: May

Where: Moskey Basin, Isle Royale National Park, Lake Superior, Michigan

Details: clouds, fog, lakem forest, storm, landscape

*iPhone photos, not sized to spec*
スペリオル湖アイル・ロイヤル島モスキーベイシンを嵐が包む。Photo: Monica Prelle When: May Where: Moskey Basin, Isle Royale National Park, Lake Superior, Michigan Details: clouds, fog, lakem forest, storm, landscape *iPhone photos, not sized to spec*

アイル・ロイヤルを走る

By モニカ・プレレ   |   2021/08/24 2021年8月24日

遠目に見ると、アイル・ロイヤル島は旅行者にとって不吉な場所に見える。黒々とした火山性の湖岸の崖からは、垂直に近い岩盤が立ち上がり、朝霧のように深く濃いタイガからなる北極圏の森林が突き出している。

オジブワ族の言葉でミノンと呼ばれるアイル・ロイヤルは、淡水湖に浮かぶ島としては世界最大級で、湖岸からあまりに離れているため、見えないこともある。15年前にスぺリオル湖の北岸でセーリングをしていた時に、初めてこの島を見た。これまで何かを感じとる時は常にそうだったが、その時もいつかこの島に降りて、トレイルを走り、島内を探検したいと思った。

アイル・ロイヤルは、スぺリオル湖の北西に位置する。この湖の別名は「ギチガミ」すなわち「偉大なる海」だ。この島はカナダとミネソタ州に近いが、米国の国立公園でミシガン州の自然保護地域に指定されている。旅行者は、ボートか水上飛行機でしか行くことができず、どの港も最も近い都市圏から車で3~6時間かかる。その遠さとアクセスの悪さゆえに、アイル・ロイヤルは常に、米国で最も訪問者の少ない国立公園にランクインする。

それにもかかわらず、再訪者が最も多いとも言われている。アイル・ロイヤルは「確かに人々を虜にする」と公園管理員が言っていた。長年アイルに思いを馳せた末、ついに今年5月、私はそこを訪れた。しかし、ランニングの行動計画は、当てにならないことだらけだった。例年、訪れるランナーは少なく、信頼できる情報がほとんどなかった。

スコビルポイントで、太古の岩盤上のトレイルを走る。Photo: Monica Prelle
スコビルポイントで、太古の岩盤上のトレイルを走る。Photo: Monica Prelle

天候の予報は寒暖差があり、乾燥と湿潤が数時間きざみで変化する予報だった。スペリオルは湖だが、そのサイズはどちらかというと中規模の内海だ。天候は急変しがちで、予測不可能だろう。陸地の暖気が湖水の冷気と混じり合うと、嵐は激しくなりかねない。

フェリー出航予定日の1週間前、私は最後にいくつか確認しておきたいことがあって、ビジターセンターに電話をした。特に、キャンプ場の避難小屋は防蚊対策が講じられているかを知りたかったのだ。キャンプサイト間を最小限の装備で走りたかったし、ミシガンの友人たちが虫について何度も警告してきたからだ。しかし、電話に出たレンジャーは、短い会話の中で、このルートを断念することを勧めた。

「ランニングはお勧めしません」と彼は言った。「どうなるか知りませんよ…」と本当に心配そうな声で次のように続けた。

「それは無謀な計画すぎる」

彼が言うには、トレイルは起伏が多く時間がかかり、岩場や木の根に覆われている。ほとんどの人は2.4キロメートル歩くのに1時間かかる。トレイルはランニング向きではなく、まして速く走ることなどできない。雨が降れば足元は悪くなるし、ビーバーのダムでトレイルが冠水することも多い。その日は、大きな嵐が来るという予報も出ている。さらに野生生物は――

「それなら、歩くだけでもいいんです」私は嘘をついた。

「トレッキングポールはお勧めしませんよ。お気をつけて」

人里離れた原野は走れない、あるいは走るべきではないと言われたのは、それが初めてではなかったが、そう言われるといつも躊躇してしまう。ペルーでは、走りたかったトレイルを、ガイドが無理だと言い、ハイキングにした。日本では、スルーランの計画を旅行代理店に説明したが承諾してもらえず、歩くと言わなければ宿の予約はしないと言われ、嘘をつき、どうにか走った。

できないとだれかに言われると、余計にやりたくなる。その人たちが間違っていると証明するために、そして自分自身の正しさを証明するために。ただし今回は、自分の計画、自分の体調、そして自分自身を疑っていた。数人の友達に同情を求めるテキストメッセージを送った。

「君ならできる!」ランニング仲間の1人がふざけた絵文字いっぱいの返信をくれた。

「そんなレンジャーの説得に負けないで!」と言う仲間もいた。

また単独行を計画し、自分自身を安全な場所から引き離し、再び遠く離れた場所へ追い込もうとしている自分自身に腹を立てた。誰かを誘わなかったことを後悔し、なぜこんなに多くの時間を1人で過ごすのかと自問した。だけど、計画は確かに自分の能力の範囲内で、いずれにせよレンジャーの説得に従うつもりはなかった。

3つ州を隔てた友達に再確認しても、やはり虫のことが心配だった。2018年から野生に再導入している島のオオカミとはいっしょに走りたかったが、むしろ蚊から逃げ回ることになるかもしれないと危惧した。そこで防虫スーツとヘッドネット、天然の防虫スプレー、虫刺され用かゆみ止めクリーム、虫除け剤を購入した。野営用の蚊取り線香を荷物に入れ、結局テントも持っていくことに決めた。

グリーンとブルーの層。北へカナダの島々を望む。Photo: Monica Prelle
グリーンとブルーの層。北へカナダの島々を望む。Photo: Monica Prelle

この島々が国立公園に指定される1940年よりもはるか前に、先住民族がこの土地を管理していた。ミノンは「良き場所」を意味し、スペリオル湖チペワ族グランドポーテージ居留地(Grand Portage Band of Lake Superior Chippewa)の一部で、狩猟や捕獲、メープルシュガー作り、植物や木の実の採集、漁猟のための天然資源を供給してきた。

ミノンには4,500年前にさかのぼる銅採掘の長く豊かな歴史がある。先住民たちは釣り針、ナイフ、道具など様々な品に銅を使用していた。その後1800年代中頃に一時的な採掘ブームが数度あり、それが入植者の定住や重機の使用につながった。今もまだ露天掘りの跡が残っているが、最後の採掘ブームが去った後、この島は観光と商業漁業へ移行した。

アイル・ロイヤルは長さ72キロメートル、幅14キロメートル、面積は540平方キロメートルで、450以上の島々に囲まれている。この島にはさまざまな動物、魚、鳥が生息しており、ヘラジカやオオカミをはじめ、ワシ、ミサゴ、オオタカ、絶滅危惧種のハシグロアビ、それにレイクトラウト、ホワイトフィッシュ、キタカワカマス、カモ、ガン、水鳥、さらにビーバーやアカギツネもいる。

険しい湖岸には、シロトウヒやバルサムモミなど北方林におなじみの樹木が生育しているが、比較的温暖な気候と内陸部の深い土壌が、アスペン、サトウカエデ、キハダカンバにも生育地を提供している。夏になると、草や低木が生い茂り背を伸ばす。

モスキーベイシンで、嵐が広がるのを見ながらホットティーを飲む。Photo: Monica Prelle
モスキーベイシンで、嵐が広がるのを見ながらホットティーを飲む。Photo: Monica Prelle

繁忙期となる夏の数か月間に訪れるランナーは、フェリーや宿泊施設を利用して、島の内陸部の高地を縦断するグリーンストーン・リッジ・トレイルを走ることができる。さらなる冒険を好む人は、北部の岸沿いにあるミノン・リッジ・トレイルで戻ってくることもできる。しかし、私が訪れた時期は、新型コロナウイルスによる閉鎖やシーズン初期の縮小営業のため、後者のルートは物資の調達上、走ることは不可能だった。

初日の夜にキャンプを設営し、程なくすると嵐がやって来た。まだ見えないし、私のいるところまで達してなかったが、近づいてくることを音で感じ取ることができた。蒸し暑い中、短めのウォーミングアップをして、キャンプ場の避難小屋で日向の階段に腰掛けていた時、風が唸りながら樹々を揺らした。波止場で釣り糸を垂らしていた漁師は、走り出した。数分で気温が30度下がり、晴れた空にたちまち暗雲が立ち込めた。重たい雨粒が海岸に打ち付ける。やがて辺りは夜になり、余韻を残すアビの鳴き声が入り江にこだました。

翌朝、キャンプ地のマッカーゴー湾から、北岸沿いにトッドハーバーまで走り、そこからハチェット・レイク・トレイルを通って、グリーンストーン・リッジの稜線に出た。そこの開けた場所からは、森が広大な湖と出会うグリーンとブルーの明瞭なコントラストを見ることができた。

島に上陸してから、それまでの確信のなさはすべて可能性に変わった。未知は期待になった。1人でいること、こうして自然を独り占めしていること、そしてただここにあるということが、幸せだった。それまでにルートを3回変更していたが、島に着いてからは、ケガをしないこと、道迷いしないことだけを考えていた。そして見るかぎり、蚊はいない。私は縦走ルートではなく、複数のベースキャンプを巡る長い周回コースを走ることにした。

その夜の宿。モスキーベイシンのキャンプ場の避難小屋。Photo: Monica Prelle
その夜の宿。モスキーベイシンのキャンプ場の避難小屋。Photo: Monica Prelle

アイル・ロイヤル島には、堆積岩や火山岩の傾斜層でできた尾根や谷が連なる。岩石層に挟まれた谷には湿地帯が形成され、湖、小川、沼が点在する。島の岩盤上を縦走するトレイルの多くは、目印のケルンがあるか、ぬかるんだ湿原を横断する木道が敷かれている。

レンジャーが警告したようにランニングはなかなか進まなかった。雨でぬれて滑りやすいが、それでも稜線はほとんどが岩盤で、比較的乾燥した土壌だった。

調子が出てきたと思ったその時、聞きなれない叫び声を聞いた。「ケッケッケッケッ」という騒々しい矢継ぎ早の声。巣作りをしていたオオタカの甲高い鳴き声だった。スピードを落とし、歩いていると、後頭部を一撃された。帽子とサングラスが落ち、よろめいて両手、両膝をついた。

オオタカは大型のパワフルな猛禽で、翼幅は比較的短いとはいえ約120センチメートルある。ほとんどのタカが、広く開けた空間を飛翔するのに対し、オオタカは見つけにくい。森の林冠の下に棲んでいるからだ。舵のような長い尾羽で、すばやく自在に風を操り、狩りのために保護用の眼を持っている。

春、営巣中の雌鳥はとても攻撃的になりやすく、連れ合いを攻撃することで知られている。だから雄のオオタカは巣に近づかず、近くに餌を置くらしい。その時、私は巣の近くを走っていることに気付いていなかった。

「オオタカを探すことは、天の恵みを探すようなものだ。出会うことはあるけれど、めったにあることではないし、いつどのように出会えるかもわからない。」ヘレン・マクドナルドはその著書『オはオオタカのオ』にそう記していた。

島の内陸部、深い森林に囲まれたミノン・リッジ・トレイルを駆け抜ける。Photo: Monica Prelle
島の内陸部、深い森林に囲まれたミノン・リッジ・トレイルを駆け抜ける。Photo: Monica Prelle

昨日フェリーを降りた時、波止場の野生生物保護局のボートがオオタカ号であることに気付いた。アスペンの木立に立ち入った時の警告の金切り声は、私を失速させるに十分だった。姿を見なくても一撃を食らった瞬間に分かった。オオタカだ。

起き上がり、オオタカが飛び去るのを待った。でも再び、今度は警告なしに背後から私を目がけて急降下してきた。そしてトレイルの、目の前の枯れ木に止まった。次に真正面からこちらに向かってきて、その瞬間、私はオオタカのビーズのような目を直視した。頭上をシュッと風が走り、私は屈んで身をかばった。その後オオタカは、おそらく自らの巣へと退却していった。

棒きれを手に持ち、ヨロヨロ走りながら、数歩おきに振り返った。アスペンの木立を抜けて開けた場所に出た時、遠くに1組のバックパッカーがいた。私は速度を緩め、棒きれを握り締めたまま歩いた。

「たとえ想像のなかであれ、人間でないとはどういうことかをひとたび知ることができれば、そのことによって、人はより人間らしくなれるのだということを学んだ。」マクドナルドはそう述べている。「(オオタカの)非人間性は私たちとは無関係なのだから、尊重されてしかるべきなのだ。」(出典:『オはオオタカのオ』ヘレン・マクドナルド著、山川純子訳、白水社、2016年)

グリーンストーンリッジトレイルは、島を縦長に横断し、すばらしい景観を見せてくれる。Photo: Monica Prelle
グリーンストーンリッジトレイルは、島を縦長に横断し、すばらしい景観を見せてくれる。Photo: Monica Prelle

島で丸1日を過ごすのは今日が最後という日に、ロック・ハーバー・トレイルをスコビル・ポイントに向けて走った。トレイルランで行くことができる、この島の最東端だ。ルートの大半が太古の岩盤のため、比較的走りやすい。島東部の景観やその向こうの紺碧があまりに絶景で、止まって見渡した。復路はグリーンストーン・リッジ・トレイルのまだ通っていない箇所を踏破する周回コースを取った。フランクリン山やオジブウェイ・タワーへ300メートル以上標高を上げることになる。オジブウェイ・タワーは昔の火の見やぐらで、島東端部の最高標高地点だ。

その夜遅く、寝袋の中で明るい光に目を覚ました。雲間から満月が姿を見せていた。起きて避難小屋の外に出て、湖面に向かって短い小道を歩いた。アスペンの葉がそよ風に揺れる。入り江の風は凪いでいたが、それでも上空の雲は動いていた。月の光が湖面で金色に揺れている。まもなく、月は再び雲の後ろに隠れてしまい、私も静かな闇の中で眠りについた。

朝、燃料切れで消え入そうなバーナーで、ぬるめのホットコーヒーを飲んでから、テントを片付けた。アイル・ロイヤルを去る時、かつてジム・ハリソンがミシガンの森について書いていたような、これまでにない奇妙な静けさを感じた。遠く離れた場所で、私が1人で走る理由は、おそらくそれだった。この静けさを求めていたのだ。何年も前に初めてこの島を見た時から、そこは遠い夢の果ての地だった。でもランニングをしながら6日間を過ごしてみると、神秘が薄れたようにも、深まったようにも思えた。世界最大の淡水湖に浮かぶ島を走るのは格別だ。浜に寄せる波音の近くで眠り、アビの呼び声を聞き、オオタカと目を合わせられる場所。

だから、これほど多くの人が再訪する。魅惑とくつろぎ。静けさと活力。そして本物の自然。ここを走ることは、人を謙虚にする。本土に向け出航する時、私は感謝の気持ちを抱いて、再訪を誓った。

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