クリーネストライン


写真:奥本 昌夫
写真:奥本 昌夫

道南の豊かな森が育むイワナの渓

By 佐藤 成史   |   2021/08/03 2021年8月3日

初夏の渓で
エゾハルゼミの大合唱がこだまする谷筋に、初夏の陽射しが降り注いでいた。谷底から見上げる新緑がひときわ眩しい。上流から吹き降ろす風はひんやりして、かすかに土の匂いがする。豊饒な森が作り出す腐葉土の匂いだ。

雪代が完全に終わっていないことは、ウェーダー越しに感じる水の冷たさが物語っていた。谷筋の斜面の窪みや日陰に残された雪は、腐葉土を絡めながら斜面を滑り、ゆっくりと溶け出してゆく。豪雪は渓の水量をコントロールして、そこに棲む生きものたちの生活を支えているのだ。沢風が運ぶ清々しい土の匂いは、北国ならではの心地よい初夏の香りなのである。

渓へ降りて500mほど進むと、大きな支流が右岸から合流する。林道はその支流沿いに取りつけられ、峠を越えて隣の沢へと続いている。下流部には砂防堰堤が乱立して、機能を失って久しい魚道が放置されているが、私たちが釣り上がろうとする本流筋に林道や登山道はなく、護岸や堰堤等の人造物も皆無だ。そこは一本の木も刈られていない原始の森が支配するエリアだ。

さらにこの日は幸運なことに、釣り人の痕跡も見当たらなかった。河原の砂地に残るのは真新しいエゾシカやエゾヒグマの足跡だけである。大きなフキの群生地の近くには深緑色の大きな塊。ヒグマの糞である。鮮度から判断すると、排泄されてから半日も経過していない。それは大型野生動物が身近に存在することの証。単独行動は慎むべきことを示唆する自然界からの通告でもある。

森と水のささやきに耳を傾けながら、ゆっくりと川を遡行する。釣りの時間は自然と向き合うための大切な時間。
写真:奥本 昌夫
森と水のささやきに耳を傾けながら、ゆっくりと川を遡行する。釣りの時間は自然と向き合うための大切な時間。 写真:奥本 昌夫

イワナの魚影は十分に濃く、むしろオーバーストックの印象すら受けた。雪解けによる増水ピーク時との関係で、人が入りづらい状況が続いているのかもしれない。

入渓点から約2km上流にある滝までが、この日の最終到達地点である。そこから上へ入る釣り人は、よほどの度胸と技術の持ち主か、その対極にいる無知な命知らずだろう。源流部の数キロ区間は人を寄せつけない秘境が広がり、その番人は強面のエゾヒグマである。イワナたちは清冽な流れで自由奔放に繁殖する。しかし全部が全部、そこで暮らしていけるわけではない。自然界が司る密度調整によって、流域全体の棲息バランスが整えられ、滝下のエリアにも十分な生息数をもたらしてくれるのだ。

そんな状況だから、最初からほぼ入れ食いだった。ひとつのポイントで5尾も6尾も次々に釣れてくる。サイズは最も食欲が旺盛な20cm~25cmクラスが中心だ。贅沢なことに、釣り人はアベレージサイズでは満足できなくなって、より大きな魚を求めたくなる。

もちろん、キャッチ&リリース、バーブレスフック・オンリーという自分のルールに従っているが、出来るだけ良い魚をできるだけ楽しく釣ろうとする心理が働いてくる。その結果、闇雲に釣ることは潔くやめた。目標サイズを上げて、魚を目視してから釣るサイトフィッシングに切り替えることにした。たった一回のキャストで魚を仕留めるサイトフィッシングは、成功した時の達成感がひときわ大きい。

滝壺のプールは絶好のポイント。流れ出しの水深が変化する付近と両サイドの壁際を丹念に探る。写真:奥本 昌夫
滝壺のプールは絶好のポイント。流れ出しの水深が変化する付近と両サイドの壁際を丹念に探る。写真:奥本 昌夫

サイトフィッシングの醍醐味を満喫する
上流に向かうにつれて、魚のアベレージサイズが少しずつ上がってきた。魚影が濃くなると、視認できる魚の数も増えてくる。各世代が棲み分ける様子を観察したり、そこからより大きな魚が潜む場所を推定したりと、釣りよりも自然観察が面白くなってくる。本州の釣り場で、各世代が河川の空間を上手に分け合って棲息している状況を見ることはまずない。

ところが個体数が多すぎて、狙いを定めた魚を丁寧に釣っても、30cmを越える魚になかなか巡り合えない時間が続いた。しかし、滝まであと300mに迫った深いプールが連続するエリアに入ってから状況が一変した。プールの中を下流側からそっと覗き込むと、浅いヒラキ付近に中型のイワナたちが集い、その少し上手の水深差のある駆け上がり付近に大きな魚が浮いているのが見えた。最初はその魚に狙いを定めたが、魚の右側の底石の上に、白っぽい尾ビレがふわりと揺れるのが目に入った。

姿勢を低くしたまま目を凝らして、一歩二歩と前に進む。そしてサイズが40cm近いメスイワナであることを確信した。完全にロックオンして、間髪を入れずにキャストを決めた……はずだったのに、フライに出てきたのは、最初に見つけたイワナだった。どういうわけか途中で定位場所が入れ替わってしまったのだ。高揚した精神状態は、的確な判断力を鈍らせるらしい。混乱を自覚しながらすぐにリリースして、再びプールを覗き込んだ。何だか狐につままれたような気分だった。

完璧なリリースを実行することで、釣りが完結する。一期一会、感謝の気持ちを込めて。写真:奥本 昌夫
完璧なリリースを実行することで、釣りが完結する。一期一会、感謝の気持ちを込めて。写真:奥本 昌夫

すると、彼女が再び視界に入ってきた。いったいどんな行動をしているのだろう。それが不思議に思えたので、しばし彼女の行動パターンを観察することにした。水面を流下するのは、太陽高度が上がるにつれて羽化が増えてきたミドリカワゲラとオナシカワゲラの仲間である。それらが水面付近に落ちる瞬間を待ち受けるオドリバエの集団が、水面上を超高速で飛び回っている。生きものたちの関係性から判断すれば、これから起こることを想像するのはそれほど難しいことではなかったが、捕食行動に導くトリガーがいまひとつ確信できないでいた。

凝視しているはずなのにふとした瞬間に見失い、再びどこからともなく現れる神出鬼没な行動に翻弄されながらも、再び彼女が視界に入ってきた。チャンスを逃してなるものかと、渾身のキャストでフライを投じる。

フライは理想的な位置に落水して、どうぞ食べてくださいというふうに頭上へ運ばれていった。完璧なキャスト&ドリフトだった。ところが彼女はフライにまったく関心を示さず、悠々と流れにとどまっている。こちらとしては肩透かしを食らって茫然自失状態。まさかこんなスプーキーな相手に出会うとは思ってもみなかった。でも、こんなことが起こるからフライフィッシングは面白い。謎解きに集中して正解を得るしかないのだ。

彼女は、流れの中央に他の魚と並んで定位しているときに口を使わない。つまりフィーディングのためにその場所にいるのではなく、自分の強さを誇示する縄張りの確保のためにそこを選んでいる。時々姿を消すのは、縄張りに侵入した他の魚を追い払うためだ。しかし何かのタイミングで定位場所を離れ、対岸の岸際の反転流に入ることがある。捕食に適しているとは思えないポイントだが、実はそこに入ると全身がこちらの視界に入る。捕食に集中していて、私たちがまったく見えていないのだ。

さらに彼女は、大胆にもこちらに頭を向けた状態で、大きな口を開いてライズした。まさかの行動、そして確かに何かを捕食した。そのとき、対岸の岸際から小さな虫がポトリと水面に落ちた。魚は待っていたかのように大口を開き、迷うことなくその虫を吸い込んだ。

「あぁ、オドリバエだ!」

それまで使っていたオナシカワゲラに合わせた#14からサイズダウンして、#20のオドリバエを表現できるフライに付け替えた。反転流には、飛来する昆虫への攻撃に失敗したり、複数で獲物を奪い合うオドリバエが多数流れているようだった。それらを選択的に捕食するには、遅い流速のほうが視認しやすく、捕食効率が良いのだろう。

閃きを伴うフライ交換の場面は指先が震える。確信があっても、指先は高揚感に支配されているのだ。写真:奥本 昌夫
閃きを伴うフライ交換の場面は指先が震える。確信があっても、指先は高揚感に支配されているのだ。写真:奥本 昌夫

緊張感みなぎるファーストキャスト、流れをクロスして投じたラインは、リーダーにスラックが入った状態で、反転流に定位する魚の頭上の目の前にポトリと落ちた。次の瞬間、あれほどフライを見限っていた魚が、何の疑いもなくフライを吸い込んだのである。

一閃の合わせがしなやかに決まって、激しい抵抗をコントロールしながら手前に引き寄せる。落ち着いてランディングネットを取り出し、ネットイン。ネットに横たわる魚体は最初の予想通り、産卵の痕跡を残す37cmのメスイワナだった。痩せた身体に痛々しさを覚えたが、写真に収めて丁寧にリリースした。

充実した釣りを短時間に満喫すると、釣欲が一気に失せる。滝まで200mを残した時点で、自分の釣りに対するモチベーションは著しく低下していた。しかしそんな精神状態とは裏腹に、その後は順調に釣れ続け、尺クラスで10尾前後、最後の滝下ではその日最大の38cmの魚に出会えた。経験上、貪欲になれば40cm超えも十分期待できる展開だったが、とてもそこまで追求する気になれず、むしろ欲望から解放されたい気分だった。

20年来足を運んでいる渓とはいえ、道南の自然の底力をたった1日の釣りで再認識することができた。まだ時期が少し早く、痩せた魚が多かったが、あと2週間もすれば森の中から運ばれる大量のテレストリアルを飽食して、充実した体型を取り戻すことだろう。

豊饒な森が育むイワナの渓で、フライフィッシングを堪能できることに感謝したかった。今さらながらこうした経験を積み重ねるたびに、イワナたちへの思いは深まるばかりである。

初夏以降、森から供給される大量のテレストリアルを捕食して、体重は一気に増加することだろう。秋には再び産卵に参加して、次世代に命を託すのである。写真:奥本 昌夫
初夏以降、森から供給される大量のテレストリアルを捕食して、体重は一気に増加することだろう。秋には再び産卵に参加して、次世代に命を託すのである。写真:奥本 昌夫

遡上魚と砂防ダム
北海道南部、いわゆる道南と呼ばれる地域では、函館市近郊の一部の河川を除いて、過去にイワナが放流された記録がない。つまり、道南の川で釣れるほぼすべてのイワナは天然魚である。サケ・マスの放流事業は盛んだが、水産資源としてのアメマスやイワナの利用価値は低く、地域によってはサケ稚魚を捕食する害魚として駆除の対象となっていた暗黒の歴史がある(道東の一部では現在も駆除対象になっている)。そんな苦境を乗り越えて、ネイティブのイワナたちは現在を生きている。

今回私たちが訪れた道南エリアの河川に棲むイワナも完全なる在来個体群だ。一般的には海に降りて成長する降海型をアメマス、海との交流を断たれた河川内だけで自然再生産するものをエゾイワナと呼ぶが、陸封型に関しては「イワナ」という通称で呼ぶほうが分かりやすい。

15年ほど前の10月、海から遡上するアメマスを取材するため、とある道南の川を訪れたことがある。それほど大きな川ではないが、水質は良く、流域にも自然林が多く残っていて、環境は整っているように見えた。河口から5km~6kmの地点に落差8mほどの砂防ダムがあり、海から遡上したすべての魚はそこで進路を阻まれる。

地元の友人の案内で、河口とダムの中間付近から川に降りた。川は山脚をトレースしながら蛇行し、カーブの奥ごとに深いプールを形成していた。いずれも岩盤が露呈した焦げ茶色の河床で、遡上の機会をうかがう白っぽいアメマスの魚体が点々と浮かび上がるように視界に入った。

川の様子を観察しながら上流へ進むと、河川の規模に対する産卵適地が極端に少ないことに気が付いた。本州で見てきたダム下の流れとよく似ている。上流の砂防ダムが砂礫や砂利の流れを止めて河床低下が起こっているのだ。砂防ダムが近づくにつれ、川岸に転がるサクラマスの亡骸を確認できた。産卵を終えて天寿をまっとうした崇高な亡骸である。わずかな産卵適地には、産卵床が重なるように掘られている。

砂防ダム直下までくると、そこには修羅場が展開されていた。産卵できそうな区間はダム下の深みが徐々に浅くなる付近に集中するだけで、面積的には決して広くない。河床の表面全体がポリッシュされたように白く光り、何度も掘り返されては埋められた状況が手に取るように分かる。岸辺で息絶えたサクラマスの亡骸のほとんどは、動物たちが森へ運んだり、野鳥やカラスが食べ尽くすので、実際の数を計り知ることはできない。けれども状況から判断する限り、重複産卵が行なわれていることは確かだった。

産卵適地の面積に対して、産卵する魚の数が多いと当然ながら奪い合いが起こる。埋没した卵が次にやってきたメスに掘り起こされ、そのとき紫外線を浴びれば、卵は死ぬ確率が高くなる。重複産卵が繰り返されるほど、河床に託された生命は無慈悲に摩耗する。それは同じような産卵行動を取る他の魚種によっても引き起こされる。

そもそも、流域に産卵適地が散在していれば、行き止まりまで遡上する必要はないし、重複産卵を選ぶ魚はいない。産卵できる場所がないから、そこを利用するしかなくなり、ペアが集中してしまうのである。サクラマスもアメマスも、本来は自分の祖先が生まれたもっと上流部や支流筋に入って産卵したいのだ。そうした母川回帰の能力があるからこそ、多様な魚種が限られた空間を分かち合うことが可能だったのである。

そうやって彼らは命をつなぎ、繫栄を続けた。サクラマスの産卵後には、同じ場所をアメマスが利用する。その後にはシロサケが利用するかもしれない。砂防ダムがひとつあるだけで、こんな狂気が繰り返されるのである。

砂防ダムは人々の目に入りづらいところで河川機能を劣に導き、生物の多様性を損ない、じわじわと自然環境の破壊を進行させる。河川生態系を保全することに遺産的価値を見出すならば、大多数の砂防ダムの存在には無理がある。配慮を欠いたダム建設は自然界に対するテロ行為に等しい。

スリット化した砂防ダムを俯瞰で見る。湛水部を埋め尽くした土砂は、時間をかけてスリットを通過し、下流部の河床低下を徐々に戻していく。ちなみにダム右側に設けられた魚道は機能していない。維持さえも困難な構造物だ。写真:奥本 昌夫
スリット化した砂防ダムを俯瞰で見る。湛水部を埋め尽くした土砂は、時間をかけてスリットを通過し、下流部の河床低下を徐々に戻していく。ちなみにダム右側に設けられた魚道は機能していない。維持さえも困難な構造物だ。写真:奥本 昌夫

砂防ダムのスリット化と河川機能回復への道
愛すべき生きものたちの宝庫、道南エリアにおいても、実は自然破壊が急速に進行している。本来の自然が豊かで崇高であるが故に、環境変化から受けるインパクトは非常に大きい。実際、特に砂防ダム等の河川工作物が原因で、生態系内の生きものたちのつながりが断たれたり、自然界のバランスが損なわれるケースも散見される。

現代に生きる私たちの最低限の義務は、より優れた自然環境を次の世代に託すことである。自然は未来から借り受けたかけがえのない宝物だ。その輝きを私たちの愚行で鈍らせることがあってはいけない。

先日、道南のせたな町を流れる須築川へ訪れる機会を得た。同行したのは、流域の自然を考えるネットワークのメンバーとパタゴニア社のスタッフである。道南の名峰狩場山を水源に持つ須築川は保護水面に指定され、すべての水産動物の採捕が周年禁止されている。須築川を保護水面に指定した目的は、サクラマス資源の保護にあるにも関わらず、この川には河口から約3kmの地点に魚類が遡上できない砂防堰堤が1969年に建設されている。魚道も併設されていたが、取り付けて間もなく土砂で埋もれ、まったく機能していない。

須築川のある道南桧山振興局管内においては、サクラマスの不漁が長年続き、海の生態系にも重篤な変化が起こっていた。見かねた地域の住民や漁師が声を上げ、治山ダムや砂防ダムのスリット化の要望を行なってきた。せたな町の釣りクラブ「一平会」が中心になり、1990年代から檜山管内の河川に設けられた魚道の掃除を始めた。1996年に須築川の砂防堰堤のスリット化を提案して以降、地域住民や漁師の人たちと力を合わせて何度も要望を繰り返してきたが、受け入れられることはなかった。

生きものたちの大切な通り道として機能するスリット。たったこれだけの処理で、河川を囲む生態系は劇的に変化する。写真:奥本 昌夫
生きものたちの大切な通り道として機能するスリット。たったこれだけの処理で、河川を囲む生態系は劇的に変化する。写真:奥本 昌夫

2010年になると、須築川近くの河川の治山ダムにおける魚道改築案を機に、複数のダムのスリット化がようやく現実味を帯びてくる。2010年後期には複数の治山ダムのスリット化が決まり、順次工事が進められることになった。2011年にはひやま漁協瀬棚支所と大成支所の漁業者が中心となり、そこに一平会も加わって「せたな町の豊かな海と川を取り戻す会」が結成され、その後の活動の中心を担ってきた。

2014年、須築川砂防ダムのスリット化が決まり、長い間の協議や話し合いを経て、2017年3月に切り下げ工事に着手することになった。その後も切り下げの長さや強度に関する問題について協議を重ね、2020年、ようやくスリット化が実現した。牽引の役割を担った「流域の自然を考えるネットワーク」のウェブサイトに工事の過程や問題点について丁寧に解説されている。

来訪の当日行なわれたのは、サクラマスの稚魚を探す調査だった(須築川砂防ダム・スリット化後のサクラマス稚魚調査)。スリットを通過して砂防ダム上流に遡上したサクラマスが産卵していれば、稚魚を見つけられるはずだ。あいにくの増水で小さな稚魚を発見するのは難しかったが、何とかその姿を確認できたのは収穫だった。

箱メガネを利用して水中を観察するパタゴニア社のスタッフ。少年時代の好奇心がよみがえる瞬間。写真:奥本 昌夫
箱メガネを利用して水中を観察するパタゴニア社のスタッフ。少年時代の好奇心がよみがえる瞬間。写真:奥本 昌夫

ダムに堆積した大量の砂利は、急激に押し出されることもなく、徐々に流れ出しているようで、下流部で見られた深刻な河床低下は明らかに回復の兆しが見られた。この秋にはさらに多くのサクラマスが遡上することだろう。サクラマスだけでなくアメマスや源流部のイワナ、そしてシロサケの資源増大を期待したい。さらに驚くべきことに、アユも戻ってきたという。

砂防ダムの建設で失われていたものの大きさを私たちは知るべきだ。そしてスリット化による恩恵と河川機能修復効果を検証しながら、構造物の撤去を見据えて、こうした有益な活動が全国に波及することを心から望みたい。

参考文献
大串 伸吾,北海道におけるサクラマス資源の利用と保全に関する多角的研究:複合的資源利用の構造と河川環境修復による資源保全の関係」, 2014年

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