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T.R.I.P The North Patagonia

大池 拓磨  /  2018年1月25日  /  読み終えるまで8分  /  スノー

夕陽に染まるアンデス山脈の美しさに時間も忘れて滑り込む。 写真:布施 智基

滑り手にとって夢のような時間をすごせる場所を求めて旅に出た。夢のような時間というのはすべてが整ってこそ訪れるもので、それは場所だけではなく、山に向かう工程や天候、仲間、カラダ、心、タイミング、そのすべてが自然の流れに調和できているときに舞い降りてくるものだ。それがいつなのかはわからないが、そこに向かって全力を尽くす。僕にとってその時間をすごすことが、生きていて良かったと思える瞬間なのだ。

南米の北パタゴニア地方へ行くのは2年目。きっかけは僕のホームである長野県白馬の小谷村エリアにスキームービーの『Valhalla』などに出演しているプロスキーヤーでありモデルのシエラが来日したときのこと。とても活発で可愛いらしい彼女と陽気な撮影クルーと1週間ほどすごした。その中の1人にアルゼンチン・バリローチェ出身のガイド兼荷物持ちのペデロがいた。彼のスマートフォンに収められていた南米の写真はとても美しく、見たことのない世界が広がっていて、しばらく目に焼きついて離れなかった。日本の裏側にあるこの地に行きたい、この景色を、空気を、雪をカラダで感じたいと思った。じつはこの撮影中に左膝の前十字靭帯を切ってしまい、シーズン終了の鐘が鳴り精神的に参っていた矢先のことだった。僕は旅に出ることに決めた。日本の裏側にどのような山や文化があり、そして出会いがあるのか想像するだけでもワクワクする気持ちを抑えられなかった。

南米訪問1年目は見るものすべてが珍しく衝撃の連続だった。言葉が通じないうえに、バスが来なくて山にたどり着けない日すらあった。ちょっとした人間不信に陥ったりもした。それでも旅は楽しくて、自分の知らない世界を感じるだけでまたひとつ成長している気がした。旅のあいだ出会った人はみんな陽気で紳士的で、難しいことは考えずハッピーに暮らしているように見えた。言葉が通じなくても共有できることはたくさんあると確信できたと同時に、やはり言葉の大切さも感じた。

南米でのもうひとつの目的は自然を感じること。パタゴニア地方は国立公園の宝庫とも言える場所だ。手つかずの自然がそこにはあると聞いた。バックカントリースキーをはじめた頃、自然が美しく、心を掴まれるほどのアートだと気付いた。滑り手としてこの美しい自然の中で自分の思い描くラインを表現する。こんな楽しい遊びは他にない。自然は美しく力強く、それに逆らわず流れのままに山を駆け巡りラインを刻むことが滑り手と山との共同作品だ。舞台は太古の自然が生きつづける北パタゴニア。ターコイズ色の川、常緑のブナ林、レッドロックの峡谷、果てしなく広がる空とアンデス山脈。あまりの美しさに心を奪われ、カラダが動かなくなり無になる。放心状態から戻り、あらためて自然の素晴らしさに感動し、噛みしめる時間をすごすことができた。まさに夢のような時間のひとつだった。

2年目は完璧なイメージを持って旅立ったのだが、到着早々に飛行機の乗り換えミスでバスに変更、24時間プラスされて目的地まで60時間もかかってしまった。旅にはハプニングが付きものとワクワクする僕と反対に、隣にはマジかよ!と声に出さずともわかる表情のパートナーの布施智基。僕らはまったく正反対のスタイルでこれまでやってきたのだが、ワクワクするポイントが一緒で夏も冬も自然遊びを共にしている。目標はただひとつ、「山のお鉢でキャンプをして360度の斜面を滑り尽くす」

T.R.I.P The North Patagonia

1週間分のすべての荷物をバックパックに詰め込んで、稜線を目指し夢のキャンプ地へ。 写真:布施 智基

40日間の旅のうち、ストーム明けの最も長い晴れ日を狙った。工程は山の麓から1日かけてお鉢の外にある山小屋を目指す。2日目は山小屋から稜線まで歩き、お鉢へ滑りこみそこでキャンプを張る。1週間のテント泊計画だ。荷物の軽量化には意識は高いが、食料だけは多めにもって行く。パタゴニア プロビジョンズのフードとパスタにチョリソーやチーズ、バター、スパイスを加えるのが基本メニュー。滑り手にとってパワーの源である食は欠かせない。稜線まで登ってお鉢を目にしたときは本当に驚いた。南米で火山のお鉢巡りをしたがあそこまで美しい円を書いた稜線は見たことがない。これからはじまるであろう夢の時間を思うと胸が高まったが、冷静になってどの斜面を滑り降りるか稜線を歩きなが探る。どの斜面でも滑れるわけではなく、クレパスはないか、斜面はつながっているのか、雪質が氷になっていないかなど頭の中を張り巡らす。その観察と経験と感覚によって正解を導き出すのだ。選択肢をいくつか並べて最も心躍るかつ安全な方を選ぶ。選択肢をいくつか出すが、答えはだいたいひとつ。ただいくつか選択肢を作ったり、別の発想から物事を見ることも旅や冒険の楽しみなので。この見たことのない世界で何が起こるか分かららない状況に奮い立ち期待が高まった。

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稜線から見たテント。そこで生活し、滑るだけのシンプルな時間をすごすことができた。 写真:布施 智基

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雪山テント泊では重要な荷物の軽量化とパワーになる食事を両方兼ね備えたパタゴニア プロビジョンズ。パスタを入れて食べるブラック・ビーン・スープがメインメニュー。

僕が先に滑ることになり、緊張感とともに集中力が高まる。ラインはイメージ通り、あとは雪次第。スタートに立ち、どんな雪質でも耐えられる滑りでいこうと決めた。自分の限界にチャレンジしたい思いとその反面、いまケガをするわけにはいかない。ここは山の奥地で、助けを呼ぶには2日かかる。一本滑るのに考える事は膨大でその思いがラインに残る。ファーストコンタクトは少しビビリ気味でドロップ。滑るまではいっぱい考えて、滑り出したらあとは無だ。どう滑ったかはあまり覚えていないが自分が滑った斜面を下からみて驚いた。ものすごい斜度のビックラインを滑ったことに緊張から解けて気付いた。僕が滑って感じた情報をできるだけ簡単にしてまだ稜線に残っている智基に伝えた。

2日間歩いてたどり着いたお鉢は夢に見た光景だった。360度の斜面が広がり、そこにいるのは僕ら2人だけ。こんな贅沢があるだろうかまさに滑り放題。気持ちが高ぶるのを抑えてはいたが2人ともこれから待ち受けていることを想像してニヤニヤしながらテントを立てた。そのあたりから冷静な目で斜面を見ることができるようになり、現実的な高低差でお鉢から登り返す斜面には全て雪庇があるのがわかった。これでは滑れないし、帰ることもできない。雪庇が大きくないことを願ってハイクを開始。雪庇に近づくにつれ意外とデカイと顔を見合わせていた。僕らは切り出して稜線までの階段を作る作戦にでた。お鉢の中は360度の斜面に守られ、風はほぼ無いが稜線付近はやはり風が強い。掘った雪が風で舞い上がりヒゲが凍る。稜線まで先に上がった智基が何か叫んだ。すぐにその意味がわかった。遥か彼方まで続くアンデス山脈が太陽に照らされて美しく光っている。あまりの美しさに雪庇を切り出した疲れが一気にぶっ飛んだ。この階段を毎日二回登っていたが感動しない日はなかった。

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夢のキャンプ地へ初ドロップ。 写真:布施 智基

お鉢でのキャンプは最高だった。食べる・寝る・滑るだけのシンプルライフだ。自然の中に身を寄せて生活することが何よりも楽しかった。自然を観察したり、変化を体で感じられるのはそこにいつづけることでしか味わえない。3日ほど経ってようやく自分たちのいる場所の凄さや物事を客観的に見えるようになった。風に守られ天気は毎日どピーカン。1日2食はがっつり食べて、昼寝は雪上にマットを引いて裸足で寝られるほど快適。あとはいい滑りをしてハイタッチするだけ。こんなシンプルな生活はここでしか味わえない。斜面に囲まれた生活は僕らにとって最高の遊び場だった。斜面を指差してここがいいとか俺ならこっちを滑るとかライン談義がはじまる。そのイメージを重ねて毎日滑るだけ。夢の世界にどっぷり浸かっているんだと実感した夜、人生で最大の数の星空を見た。テントから体を半分出して寝転んで見上げると、体の力が抜けていく。夢の時間はその場所とタイミングでしか表せない幸福感だ。何も考えず無の状態で涙がこぼれた。感動が体全身に満ち、生きていて良かったと感じた。心も体もタイミングも滑りも整ってその場所に溶け込み、自然と調和できている気がした。

北パタゴニアの旅は感動の連続だった。あの感動をまた感じたいし、できる限りこの美しい自然がそのままであることを願った。これからも夢のような時間を求めた旅は続く。

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朝一から滑ったあとのランチタイム。滑るラインの話で盛り上がる2人。

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夜空一面に瞬く星の数は人生最大だった。 写真:布施 智基

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1週間のキャンプを終え、雪山から森を抜けて牧場地帯まで降りてきたところ。 写真:布施 智基

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