北極圏の遊牧民:写真家フロリアン・シュルツとのインタビュー
昨年12月に発行したカタログで北極圏国立野生生物保護区を特集しました。写真構成としては、北極の海岸平野を神聖な地として捉えるグウィッチン族の暮らしと野生生物の両方を取り上げたいと考えていました。ドイツ人環境保護写真家のフロリアン・シュルツが過去2年間のほとんどをこの保護区でキャンプや撮影をして過ごしていたことを知っていたので、野生生物側の写真家の選択は簡単でした。
私は以前からフロリアンの写真が大好きで、保護活動にたゆまなく献身する彼の姿には深い感銘を受けています。北極圏キャンペーンにおける共同も例外ではありませんでした。何か月にもおよぶEメールや電話でのやり取りのあと、ようやくカタログとキャンペーンで使用する最終写真を決定することができました。本プロジェクトを通じて、フロリアンは寛大に彼の時間を割き、知識を共有してくれました。その彼に数週間前、電話で近況を聞きました。私はベンチュラから、南ドイツにいる彼に、彼の活動についてさらに詳しく話を聞くことができました。
ユージニー:こんにちは、フロリアン。そちらの様子はどうかしら。
フロリアン:いいよ、元気でやっている。ちょうどパタゴニアの近況をオンラインで見ていたところだよ。この数週間でたくさんの変化があったようだね。
ユージニー:控えめに言ってもね。最近の政治的環境の変化で、環境保護写真家としてのあなた自身の活動について、何か見方が変わったかしら。
フロリアン:僕の活動が何か変わるということはないと思う。だって僕は高校生のときから写真を通じて環境保護を支援しているからね。でももっと活動的にならなくてはいけないと実感している。より工夫して人びとに伝えなくてはいけないとね。気候変動についてもっと話さなくてはいけないし、北極圏国立野生生物保護区のような場所が真の野生の地である残り少ない場所だという事実について、もっと話さなければと感じる。数年前に映像製作の世界に足を踏み入れた理由は、スチール写真の活動に加えて、自然界の荘厳な様子を作りたかったからだ。そうして、あまり関心を抱かない人や野生の世界に足を運ばない人に、野生に身を置くことがどんなことかについて少しでも感じてもらえればと思ったんだ。
ユージニー:先月ベンチュラの私たちのオフィスを訪ねてくれたとき、フィルム映像のいくつかを見せてくれたでしょう。一面に広がるカリブーの群れの映像を見たとき、あなたのスチール写真とはまったく違う感銘を受けたの。この経験で、写真は映像と同じ影響を与えることができるのだろうかと考えさせられた。あなたは現在両方のメディアで活動しているけれど、あなたの環境保護活動において、いつスチール写真を使用するのが適切で、いつ映像を使用するのが適切だと思うかしら。
フロリアン:僕にとってはどちらの方が優れているという問題ではなく、また写真は過去のもので、映像がすべてというわけではない。まったくそういうことではないんだ。壁や本に写真を載せれば、そのイメージを眺めることができる。即座にそのイメージと繋がることができるかもしれないし、同時にそれを急がせるわけではない。しばらく眺めることができるし、一種の瞑想的な時間にもなる。環境保護の分野でキャンペーンの一部として使われる写真は、人びとの心に刻み込まれる。不幸なことに、僕たちはいま雑音に襲われながら生きていて、カメラの動きは素早く、すべて爆発的でなくてはいけない。でも僕の映像製作はそういうものではない。僕が映像を製作するとき、僕は景色を創りたいと思っている。その場所の全体的な感覚を創り上げたいんだ。時間をかけて。僕にとっての映像は、急な場面転換ではない。観る人びとをその瞬間に移動させて、彼らがその場所に溶け込めるようなものを創りたいと思っているんだ。
ユージニー:あなたの息子のナヌックがアラスカではじめて双眼鏡の向こうにヒグマを見つけたときの映像も見せてくれたわね。彼の反応は純粋な驚嘆そのものだった。2人の幼い息子がいることで、あなたの活動に対する取り組みに影響はあるのかしら。
フロリアン:ナヌックとシルヴァンと自然を分かち合うというのは、目からうろこの体験だよ。彼らはちっぽけなものすべてを美しいと思って、興味を抱くからね。彼らは喜びを見出し、それを僕たちは互いに投げかけ合っている。最初は、僕があっちに飛んでるカラスやこっちにいるワシを見つけると、彼らは耳を傾けてじっと観察していた。それがいまでは1歳半のシルヴァンでさえ、遠くに飛んでいる鳥を見つけては指差し、僕に注意して見ろとでも言うようにジェスチャーをするんだ。とても美しいことだよ。彼らは僕にスローダウンして、彼らの目線で世界を見るようにと言っているんだ。もちろん、それと同時に彼らがこの世に生まれてきたことで、数少ない野生地を守るために闘う重要性がより増しもした。世界は速いスピードで変化している。彼らはいまとまったく違う世界に住むことになるだろう。僕は何としてでも彼らがこうした野生の世界、できればいまと変わらないままの野生を楽しむことができるようにしたいと思っている。子供ができたことで、より環境保護の分野に関わりたいと思うようになったよ。
ユージニー:あなたが最近弟さんとアラスカで行った張り込みの話に強い印象を受けたのだけど、ワシが雛鳥に餌を与えるワンショットのために10日間も隠れて待ちつづけたのよね。それで、私が最近考えていた「スロー・フォトグラフィー」というアイディアを思い出したの。ファースト・フードに対してスロー・フードという動きがあるわね。同じように写真もスローダウンしてもいいのではないかしら、と。ゆっくりと時間をかけて、ひとつの写真を鑑賞したり、または1枚の写真を作り上げたりということなんだけど。
フロリアン:いいね、とても素敵な考えだ。弟と僕は最北端にあるだろうと思われるイヌワシの巣を見つけた。彼らを撮影するのは非常に難しくて、隠れ場所を設置するのに、とても気を使わなければならなかった。この話の面白いところはこの巣は数十年間、もしかしたら何世紀にも渡って使われつづけてきたということ。それは4メートルもの高さがあった。北極圏では鳥たちが集められる茂みや小枝は多くないから、年間数センチ程度しか大きくならない。これはきっと数十年間かけて作られたものに違いない。この完璧なスローモーションのシークエンスを撮影するには、毎日平均14〜16時間張り込まなければならなかった。いつイヌワシが巣に戻ってくるか、僕たちにはわからなかったからね。1日2、3回程度雛に餌付けをしていたけど、それがいつなのかは見当もつかず、雛の鳴き声に気を配るしかなかった。遠いところに親鳥がいるのを見つけると違う鳴き声になり、餌をもらえるときは少し興奮した声になるんだ。そうやって僕たちは撮影の準備をいつしたらいいかが分かるようになった。撮影の瞬間は一瞬だということはわかっていた。親鳥が餌をもって戻ってきたときの雛の瞬間の表情をとらえて、次の餌の時間まで何時間も待機しなくてはけない。もちろん、長時間待つのはその完璧な瞬間を捉えるという夢のためさ。
ユージニー:私たちのアメリカの直営店で提供している写真「Nomads of the Arctic(北極圏の遊牧民)」の製作について話してもらえるかしら。
フロリアン:カリブーは2月下旬から3月上旬にかけて、アークティック・ビレッジに向けて保護区に戻ってくる。カリブーは周囲にある丘陵からやって来るのだが、この保護区が彼らの戻るべき場所のひとつであるということを見せたかった。パイロットであり友人でもあるジェイクが、プロペラ機のスーパー・カブであちこち飛んでくれたんだけど、3月上旬にかなり大きな群れを見つけた。その年の積雪量は多く、そして気温が上がったために表面が固くなっていた。群れのリーダーが先頭を歩き、彼の足跡を残りのカリブーが追って行く。これが典型的なカリブーの移動の様子だ。ジェイクに飛行機を大幅に減速してもらい、フラップをしまって、できる限りゆるやかにカリブーの群れの上空をバンクさせながら旋回してもらった。僕は望遠レンズを使っていたから、あまり近づかずに、雪原を移動する群れの規模を見せることができたよ。
ユージニー:オフィスで気づいたことなんだけれど、この写真をはじめて見るとき、人によってはそれが何を写しているのかが分かるまで時間がかかることがある。そういうのって、いいわよね。
フロリアン:何が写っているのかしっかりと理解できない写真を目にするとき、人はより注意深く、より時間をかけて見ようとする。そうすることで、その写真に人びとは引き込まれていく。僕が航空写真を気に入っている理由は、規模の大きさと場所の特徴の両方見せることができるからなんだ。それは保護活動にはとても重要な要素でもある。同時に航空写真は抽象的な見方をすることもできて、見ることがより面白い経験となるんだ。
ユージニー:今年は家族でバハ・カリフォルニアへと拠点を移し、太平洋に関する新しいプロジェクトを始動したようだけど、北極圏での活動は終了したのかしら。
フロリアン:ここ何年も北極圏には戻りつづけている。もうとりこになっているようなものさ。野生動物の光景は決して見逃したくない。カリブーには数多くの意味合いがある。かつてグレート・プレーンズに何百万頭ものバイソンが放浪していたのに、いまではほとんどいなくなってしまった。アラスカの北極圏ではいまでも15万から20万頭のカリブーが存在し、さらに西へ行けば30万から40万頭が存在している。ここにはいまでもこのような巨大な群れと、壮大な地形が残っているんだ。北極圏では人間によって姿を変えたり、支配されたりしていない別の世界へとタイムトラベルできる。北極圏国立野生生物保護区のような場所がまだ存在し、いままで展開してきたような自然を見ることができる。とても魅了されるよ。だからずっと戻りつづけると思う。北極圏での活動が終わったとは言えない。
ユージニー:協力しあった今年のプロジェクトにはとても鼓舞されたわ。あなたの技術とこれらの自然に対する情熱と寛大さに感謝しています。北極圏での活動が終わっていないと聞いて安心したわ。
フロリアン:こちらこそ、ありがとう。このプロジェクトは僕にとっても非常に意義深いものだったよ。残念なことに、北極圏を守る闘いは終わっていないし、1月にはより本格的なものになっていくだろう。やるべきことはまだたくさんある。
行動に起こそう!
皆さまの州の上院議員に、北極圏国立野生生物保護区の海岸平野を石油掘削や産業開発から守ることを呼びかけましょう。力を合わせれば、この保護区を自分の家と呼ぶ人びとや野生生物の存続を支援することができます。