クリーネストライン


フィッツロイからの下降時に直面した悲惨なビバークから抜け出そうと、不確かな日の出とともに登攀準備をするケリー・コーデス。Photo: Craig Scariot
フィッツロイからの下降時に直面した悲惨なビバークから抜け出そうと、不確かな日の出とともに登攀準備をするケリー・コーデス。Photo: Craig Scariot

暗黒の時間

By ケリー・コーデス   |   2013/11/14 2013年11月14日

ケリー・コーデス 『FALL 2013:THE WHOLE ENCHILADA』カタログより

フィッツロイからの下降時に直面した悲惨なビバークから抜け出そうと、不確かな日の出とともに登攀準備をするケリー・コーデス。Photo: Craig Scariot
フィッツロイからの下降時に直面した悲惨なビバークから抜け出そうと、不確かな日の出とともに登攀準備をするケリー・コーデス。Photo: Craig Scariot

「目を閉じるとすごくヘンなものが見えるんだ」とクレイグが言う。だから僕も目を閉じて、そのすごくヘンなものを見る。千分の1秒がゆっくりと僕の頭を過ぎ、思考やイメージがシャッターの隙間を通る光のように漏れていく。そして道路標識のような、他の横断幕と混合したピカピカ光る広告掲示板のうえにふたたび現れる。何かのスナップ写真だろうか。もしかしたら、何もないのかもしれない。

この40時間で、寝たのは3時間だけ。精神分析するエネルギーもない。だから僕は目を開ける前にもう少しそれを見る。歯はカタカタと音を立て、手を見つめると、それはまるでマネキンの手のように冷ややかで活気がない。昨年の夏ひつぎの中に横たわっていた従兄弟を思いだす。それはどれだけ彼ではなくなっていたことか。活力はなく、もぬけの殻。すごく奇妙。僕はうとうとする。2~3分、20分? 寒さに震えて目が覚める。うめき声を出す。

最悪の間違いはときにいとも簡単に、ほとんど自然の流れとして起こる。まるで波や強風が地面から羽を持ちあげるように。

思考は停滞し、意識が戻ると、フィッツロイの薄い雪原の上に踏み固められたレッジに座りながら、僕らが左に行き過ぎてルートから外れ、氷の貼った南壁の険しい地形にいることに冷静に気づく。いま懸垂下降してきたところを登りなおすことは不可能だ。僕らはスニーカー、アルミのクランポン、小型のアイスアックス1本を2人でシェアという通常のアルパインクライミングのギアしか持たないのだから。それらは登った1,500メートルの岩のルートには十分だった。だが僕らはどういうわけか下降ルートから外れてしまっていた。あのひどい空中懸垂をやってしまう前に休むべきだった。足を止めて苦しみを受け入れ、日の出を待つべきだったのだ。ばかだ、ばかだ、ばかだ。頂上でビバークし、暗闇のなかでの下山など開始するべきではなかった。怒りはなく、ただ単純な思考だけが浮かんでは消える。

こんちくしょう。昨夜のビバーク地点から見えた星は何と美しかったことか。南の空にきらめき、宇宙を光り照らしていた星々。僕という境界線をどれだけ超えたいと願ったことか。月光が投じるトーレスの影が氷冠に広がっている様子がどれほど美しかったことか。

まあ仕方ない。

僕はまたうとうとする。

霧が下から立ちこめてきて、嵐の到来を告げる。ヒョウがアンカーにくくりつけた超軽量の防水シートを叩き、僕らは寄り添う。寝袋を整えなおすも、動きつづける小さな隙間を襲ってやってくる風の前には無駄な努力だ。ロープは雪原の端へとくねるように落ちている。僕が最後の懸垂で空中をぶら下がり、クラックとアンカーを探して雪と氷と岩のあいだをスイングした雪原の端へ。ヘッドランプは恐ろしい暗黒へと消えていく。暗闇をつかの間途切れさせているのは下から登ってくる雲の束だけだ。

僕はときとして今日のパタゴニアを「アルパイン・ライト」と呼ぶことがあった。そこには完璧な天気予報、多くのクライマーたち、詳細なベータがあったからだ。しかしいま、そのことを笑うエネルギーすらない。

最近受けたもろもろの手術以来、一歩踏むごとに体は痛みを感じ、それはあまりにも多くの喜びと驚嘆を奪う。だから僕はアプローチの短い登攀、つまりより肉体的犠牲の少ない登攀に移行しようかと考えていた。これが僕にとって最後の大きく、寒い山になるかもしれないと思っていた。

本当に。

写真を撮るべきだろうが、それはあまりにも努力を要す。そして本当のことを言えば、この暗くぼやけたなかで、数千分の1秒のシャッターがこのいまの何を捕らえることができるというのか。それは20年を捕らえることができるというのか。あるいは40年を。もし作り笑いをしたら、それはどんな風に見えるのだろう。

その代わりに僕は彼女のこと、姉妹のこと、亡くした息子同様に僕を愛してくれる叔母のこと、同僚やクライミングパートナーのこと、そしてこのルートをつい最近登ったばかりの友人たちが不要な罪悪感に苛まれるだろうことを考える。そんなことはないにもかかわらず。そしてまた「こんちくしょう」と思う。僕は二度と彼女に触れること、彼女の笑い声を聞くことはないだろうと思う。2週間後にここにやって来ることになっているが、計画はキャンセルしなければならないだろう。ぼんやりとした悲しみが僕のなかを通り抜ける。まるで下から立ち上っては過ぎ去り、僕らの意志を奪っていく風のように。ごめん。僕はまた手を見つめ、それが自分のものであることをたしかめようと動かしてみる。

目を閉じ、またうとうとする。次の風が、僕がまだここにいることを思い出させてくれる。目を開ける。朝日がのぼってきたら、下降ルートを見つけられるかもしれない。いまのところは、ただ震え、暗黒の時間を耐え忍ぶだけだ。

著者:パタゴニアのアンバサダー兼フィールドテスターで著作家のケリー・コーデスはコロラド州エステス・パークに在住。

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